さよならまぼろし

一次創作サイト

千日紅が咲く季節には

七十七年先の君を想ふ

七十七年前の彼に捧ぐ * 海が割れるんじゃないかと思うほどの轟音がした。 その一瞬音が消え、次第に耳鳴りのように高い音が鳴り響く。再び聴覚が鮮明になったとき、先程までは聴こえなかった音が近くからした。水が流れる音だ。落とされた爆弾によって甲板…

千日紅が咲く季節には 9

それから翌週、ようやく都内郊外に住んでいるという井出勇子、敏郎の娘さんに会いに行く日になった。 電車をバスを乗り継いで教えてもらったバス停から歩いて地図の通りに閑静な住宅街の中を歩いていく。 示されたところに辿り着くと"井出"と書かれた表札が…

千日紅が咲く季節には 8

祖父のいる和室に向かう。 香織も母も叔母も出払ったし部屋なら他の人間に聞かれたり邪魔される心配もない。今片手には例のアルバムがある。これはこれからする話と、自分が知りたいことの鍵となる証拠だ。一旦深呼吸をして、襖の外から声をかける。 返事が…

千日紅が咲く季節には 7

目を開けると空が見えた。日はすっかり沈んで青い空が向こうから暗くなっていっている。体の節々に若干の痛みを感じながら起き上がる。草むらに寝転がっていたせいで至るところが蚊に刺されていた。上を見上げると落ちてきた丘が見えた。家の影はない。空き…

千日紅が咲く季節には 6

五階の書店に着くと早速目当てのものを探す。 時事や政治、世界情勢に関する本が並べられているコーナーで何かこの時代のことについて詳しく知れるものは無いかと目を凝らす。背に書かれているタイトルから良さそうなものを手に取って内容を確認していく。 …

千日紅が咲く季節には 5

この時代に来てから一週間以上経過した。 元いた時代に戻る方法は依然分からないままだが、怪我は一通り治った。左足も良くなりほとんど元通りだ。怪我が治って一安心、ではあるのだが帰ることもできないのでこれから自分はどうなるのだろうという不安はより…

千日紅が咲く季節には 4

昭和十四年にやってきてから数日が経った。あの日、志木家に来た自分は志木の母の厚意により怪我の手当てをしてもらい、自分が帰る場所が無いことが分かると「しばらくこの家に泊まっていけばいい」と言ってくれたおかげで何とか無事に生きられている状態だ…

千日紅が咲く季節には 3

目が覚めると視界が緑に染まっていた。否、染まっていたのではなくその正体は草だったのだがしばらくそれが何なのか分からないほどにあたりは暗くなっていた。確か、さっき丘の上から赤い花を見つけて足を滑らせて落ちてしまったのだ。下から丘を見上げると…

千日紅が咲く季節には 2

「啓太ーこれ仕分けするの手伝って」 数学の課題を終わらせてまずは一区切りと台所にやってくれば母に呼び止められた。テーブルには色とりどりの花や新聞紙や鋏、紙が広げられている。 「俺今から勉強するんだけど」 吐き捨てるように言うと母は花を包んだ紙…

千日紅が咲く季節には 1

「おじいちゃんの若い時の写真?」 扇風機を「強」に設定し、うるさいモーター音とともに風を顔に受けていれば台所からそんな声が聞こえてきた。一人で扇風機を占領して回転する羽根をぼうっと眺めていたので話の脈絡が分からないが先程の声は妹のものだ。台…