一
「優しさなど毒にも薬にもならない」などとどこかの誰かが言ったが、そんなのはでたらめだ。現に、彼の優しさは私にとって"薬"になったではないか。
二
いつもあの背中を追い続けている。しかし、ふと目の前にあの背中がないことに気づくのだ。背中ではなく、"彼"がいま、隣にいるということに。気づいていなかった。ずっと"彼"は前ではなく傍にいたのだ。
三
彼が求めているのは屈強なゲルマン人の肖像でも高潔なスラヴ人への憧憬でもない。それはガリアの雄鳥でもゲールの駒鳥でもない。彼の底知れぬ野望ともくろみはいつも私が到底はかり得ない領域を飛び越えていき、知識と直感の間を振り子のようにいったりきたりしている。
四
「古代中国に"解語の花"という故事があったが」
彼は軒先に咲いた花を見つめながら呟いた。解語の花。言葉がわかる花、転じて美女のたとえだ。名前すら知らないような白い花を見て、なぜ彼が突然そんなことを言ったのかはわからない。
「言葉がわかる花ってのは奇妙すぎるな」
当然だ。そんな花があったら一度見てみたいほどには奇妙なものだ。
「だって花ってのは"物言はぬ"様が美しいのだろう?私にとってのお前もそうだよ」
やはり、彼の言葉の真意というものは一から十まで私には到底理解のできぬものらしい。