さよならまぼろし

一次創作サイト

彼と私の絵空旅行

「億万長者になったら世界一周旅行がしたい」

彼が突拍子もない思いつきを話すのはいつものことだが、"億万長者になったら"だなんて仮定の話を嫌う彼が珍しい物言いをすると思った。さしずめ、世界一周旅行を話題に出したのはこの前貪るように読んでいたヴェルヌの『八十日間世界一周』の影響だろう。しかしそれを指摘してやるのも何だか可哀想なのであえて言わずにいてやる。

「へえ、それはどうして?」

「私はね、この世界のありとあらゆる謎をこの目で見て解き明かしたいんだ。アマゾンの奥地に潜む怪虫や赤道直下の島に眠る巨人、喪われた幻の迷宮に隠された水晶髑髏...想像しただけで胸が高鳴るよ!」

完全にいつか見た映画の影響を受けている。夢想趣味のある彼のことだから仕方ないとはわかっているが、現実と妄想の区別がついてないなぞないだろう。

「アルプスの山々にボヘミアの青々とした草地、サハラの広大な砂漠にアリゾナの荒涼とした峡谷だとか何でもないありふれた街中の喧騒から遥か遠くの秘境まで日常と非日常に潜む謎を見つけたいんだよ私は」

私の考えを察したのかごく真剣な語調で話す。感情の読めない目をしているはずなのに、まるで夢見る無垢な少年のような覇気を感じてしまう。彼の真意など、私が理解できるようなものではないし彼はきっと私に理解させる気もない。これからも理解することなど無理だろう私に彼の隣にいる権利があるのかと何度考えたのか分からないが、いくら問いかけたところでどこからも答えが返ってくることはない。

「そんな顔するなよ」

彼は私のほうへ振り向いて、子供を宥めるように言う。

「もちろん君も一緒さ。世界の秘境をこの目に焼きつけるときも謎を解き明かすときも君がいなくちゃ面白くないだろう」

本来であれば悦ぶべき言葉も、今は残酷な言葉に聞こえる。

「この世界に面白いものがいくらあったって、君が隣にいなかったら退屈で仕方ないんだ」

やはり、彼の真意はわかりそうにない