さよならまぼろし

一次創作サイト

2023-06-01から1ヶ月間の記事一覧

夕霧 / この思い、左様なら

五月十日、足利義満の葬礼は等持院で荼毘に付されたのちに恙無く終了した。昼過ぎに葬送され、拾骨の頃には陽が傾き始めていた。参列人がほとんど帰った寺の庭を歩きながら経嗣は池泉を眺める。緑青に縁取られた水面には陽光の粒が煌々と散らばっていて初夏…

薄氷 / この世界は木陰と太陽の3メートル

ようやく春信の風が吹くかという頃、今日はいつものような寒さはどこへやらと思うようなほどの陽気だった。縁に出てきた斯波義将は庭先にある日差しに切り取られた木陰を目にとめた。黄褐色の福寿草が慎ましく咲いている。もう長らく続いているような冬がも…

紫翠 / 嘘つきは振り返らない

振り返ってみれば自分たち兄弟の間柄は健全と呼べるものではなかった。弟は悪くない。不健全にしてしまったのは他でもなく自分である。初めから歪ませたくて歪ませたわけではない。正しさを求めて選んだものが後から悪手だったことに気づくことはそう少なく…