「一条大納言、今日は特別に余を好きにしていいようにしてやろう」
人を追い払った室町第の一室で義満はにこやかに宣言した。その向かいに座して呆れたように溜め息を吐いた。
「藪から棒になんですか」
「そなたには日々世話になっておるからな。たまにはそなたの願いを聞き入れることも必要かと思うてな」
「…どうせ誰かの入れ知恵でしょう」
「普段世話になっている礼として労ってやってはどうかと言われただけだぞ」
同じではないか。おかしなことを言うとは思ったがやはり他者から吹き込まれたことだった。一体そんなことを吹き込んだのは誰だというのか。
「どうだ?好きにしていいんだぞ?」
「好きにとは言われましても…何をすれば」
突然義満を好きにしていいと言われたところでどうすれば良いのか迷ってしまうのが正直な思いだった。幾度も情を交わしてきた仲ではあるが、二人きりで過ごす時間というものは少ない。時折二人で過ごすこの時間は貴重なものであった。
この関係が始まったのはいつのことであったか。はっきりと憶えてはいないほど曖昧で有耶無耶な始まりだった。
最初に義満と顔を合わせたのは十八の春、初めて参内をし主上に拝謁したときのことだった。父が伺候した縁で互いのことを知った。
初めて出逢ってから幾年が過ぎたが、自然と互いのことを意識し、どちらからともなく内に入り込んだ。
男同士なのだから夫婦のように三日通いこんで仲が成立するなどという仕来りもない。ただどちらとも相手が必要だったから求めた。心地が良いからともにいる。愛を囁かずとも己らの関係はわかっている。
交わりの常と言えば、能動的なのは義満のほうで専ら受け身のことが多くなっていた。
かと言って経嗣とて自ら動くことを望んでいないわけではない。義満が許すのならしたいことはたくさんある。しかしいくら許されているとは言え、自ら進んで何かをするというのは未だ気恥ずかしさがあった。
どうすることもなく縮こまっているだけでいると義満は鼻で笑って言った。
「余がここまで言っても腹が決まらんのか?”経嗣”は腑抜けだからのう」
義満の言葉に思わず眉根を寄せた。腑抜け呼ばわりされたのもそうだが、今度は普段のような官職名ではなく諱で呼んだことに反応した。諱は特別な名だから父や主君などごく近しい者しか呼ぶことを許されていない。義満は逢瀬の時にだけこちらの諱を呼ぶ。今その名で呼ぶというのはつまり此方を煽っていると言っても過言ではない。
そういえば、昼間だというのにやけに暗いと思えば妻戸は閉められ、御簾も下りている。普段とは違う香が焚かれていることや、外に近習も控えていない様子から最初からその気だったのだとここにきて初めて経嗣は気づく。
「昼間からすることでもないでしょう」
「”好きにする”と聞いてどうせ助平なことばかり考えているのだろう?」
「考えていますが、何か」
莫迦にしたような笑いを浮かべる義満の方へ体を近づけた。ここまできたらやけくそも同然だった。どうせ相手だってそれを求めているのだから、とそれ以上のことを考えないようにした。
義満の唇に己のそれを重ねた。女のものほど柔らかさを感じないが性感を惹起させるには充分だった。啄むように幾度も口づけをすると義満も応えるように受け入れた。思えば己の方からこんなに積極的に口吸いをしたのは初めてだった。いつもは義満から押されるように与えられる行為を受け入れるばかりだったからだ。自ら与える側になるのはまるで己が主導権を握ったようで気分が良い。
「んん...」
鼻の抜けるような声を漏らす義満にますます昂奮が高まるのを感じた。そのまま離れることもなく口吸いを続ける。小さく開いた唇に舌を捩じ込ませて口内を蹂躙するように絡ませた。耳につく水音だけがいやになるほど響いてまるで頭の中まで侵食されているようだった。上顎を舌でなぞられると背骨が軋むほどびりびりとした痺れに襲われた。
数秒ほど交わった後、少しの名残惜しさを感じながら離れる。義満は火照った顔で笑った。
「そんながっつくなよ」
「斯様に煽られればこうもなります」
今の己はさぞ余裕のない表情をしているだろうと思った。ついさっきまではそんな気は無かったと言うのに挑発されてまんまと興じるとはこれも弱みと言うやつか。
義満は直衣の領に手をかけ前を開かせる。袙も同時に割り開くと薄い単の上に指を這わせた。絹越しに伝わる感触と緩慢とした動きに思わず仰ぐ。指が胸部に近づき乳暈を触るか触らないかの距離で周りをなぞられる。
「あぁっ……はあ」
悩ましげな声が漏れつつもなおも核心には触れず玩弄するように焦らしてきている張本人を睨みつけた。義満はなおも情慾を誘う笑みを浮かべているだけでそれ以上のことをしない。
─────もどかしい。
これまで情事のたびに幾度も触れられているせいですっかり胸で感じるようになってしまっていた。私は女人ではないのだからと、触ったところで悦に浸ることはないと初めは言っていたはずなのに。もののみごとに快を得て、この戯れに夢中になっている己がいる。言い訳もできないほど愚かで浅ましいことだ。
「もっと触ってほしいか?」
「…ほしい。触ってほしいです」
わずかに残っている理性のせいでやや恥ずかしさを感じたが、これ以上焦らされて耐えることは不可能だった。
義満は返事を聞くと愉快そうに笑って単も肌蹴させた。義満の指の動きと連動して笑っている顔を見るだけで経嗣はぞくぞくと体が震えた。同じ男のはずなのに義満はたまにまるで婀娜のような艶気を見せることがある。そのたびに経嗣は蜘蛛の巣にかかる獲物のようになすすべもなく囚われてしまう。そうなってしまえばもう、抗う気さえ萎えてしまう。どこまでも浅ましいと感じるのと同時に抗う必要などあるのかと、悦に身を委ねたほうが楽になれるのだからといつも言い訳のようにそれを享受した。
義満の手が素肌を這っていき、直に乳暈を触られる。思ったよりも冷たい指先が掠めるたびに焦れったく腰を揺らすと思いきり乳嘴を抓られる。
「あっんあっう痛っ…」
「痛いのが良いんだろう?」
そんなはずあるかと言い返したくても体は裏腹に反応するのを止めない。それどころかますます感覚が過敏になっていくように感じる。爪先でくるくると弧を描くようになぞられたり、強く扱かれたり、柔く触れられたりと緩急をつけて弄られるせいで快感は収まることもなく腰に熱がどんどん燻っていくばかりだった。
「さ、左府…もう」
「なんだ。もう終いか?胸だけで達さないのか?」
経嗣が息を荒くして胸に触れられている手をつかむと義満はつまらなさそうに口を尖らせた。
「そこだけでは無理です…下を触らないと」
「仕方ないな」
そう言い義満は経嗣の指貫の上から股間を弄る。布を押し上げて主張しているのがわかった。
「上からでも硬くなってるのがわかるぞ。口吸いと胸を弄っただけでこれか。恥ずかしいやつだ」
嘲笑うような言葉に経嗣は顔を赤くさせた。
「…う、いちいちそういうこと言わないでください」
露にされた陰茎はすっかり充血して膨れ上がっていた。鈴口からは透明な汁が出ており精を放つのを今か今かと待ち侘びているようだ。
陰茎に触れられて経嗣は肩を震わせる。先ほどよりわずかに温かい手で包まれるとゆるゆると上下され、つられるように腰が動いた。意を察したかのように今度は強い力で握りこまれて扱かれる。脳髄に走る感覚に体全体が麻痺していくようだった。だらだらと滴る先走りは快楽に呼応して止まることはなかった。
「よさそうな顔をしているな」
義満はおもむろに下を探って指貫の前をずらし、陰茎を露にした。義満のものも経嗣と同じように勃起していた。
「こうやってすると共に気持ちよくなれて良いだろう」
義満は経嗣に凭れかかるようにさらに身を寄せた。互いの熱い陰茎がぶつかり合って先程とはまた違った快楽が誘発される。
「ああっ…左府の魔羅…あつい…」
経嗣は思わず陰茎に触れた。そしてただ悦を得ようとすることばかり考えて擦り合わせる。経嗣の指の上から義満の指が重ねられて強く扱かれる。なにも考えることもできずにただ没頭し、放出を望んで昂奮が高まっていくのを感じた。
「左府…もういきそうです…」
「余もだ経嗣っ…んん」
互いに零れる吐息を間近に感じながらふたりは一心不乱に扱き合い、ほぼ同時に精を放った。勢い良く飛び出た白く濁った熱いものが手だけではなく、袍にも飛び散った。熱が引き、我に返った経嗣は自身にこびりついたものを見て忌々しげに眉を顰める。
「だから昼間からやることではないと言ったのに」
「そのわりにそなたも善がっていたではないか」
相変わらずにやにやと笑う義満に経嗣は睨みながらも言い返す言葉はひとつも出てこなかった。この男には本当に敵わないな、と思って嫌なのか満更でもないのかよくわからない感情が綯い交ぜになった。
ある日、いつものように経嗣が父である二条良基の邸に来たときのことであった。
四方山話をしているとふと思い出したのか良基がこう切り出した。
「そういえば、其方はここのところ左府とは閨の方ではどうなのだ?」
良基からの思わぬ言葉に経嗣は吹き出しそうになって堪えた。
「な、何のことでしょう」
「隠す必要はない。すでに其方と左府の関係は伝えられておる。左府本人からな」
「はい?」
義満と経嗣が徒めいた仲であることは一部を除いて知る者はおらず、できるだけこの関係を知る人間をごく少数にとどめるために経嗣は父にも告げてはいなかったはずだったが、当然以前から知っていたかのような口ぶりで衝撃的な言葉を発した。義満本人からという言葉に経嗣は脳内が疑問符で埋め尽くされた。
「なぜ左府が父上にそのことを?」
「左府と話している時に其方の話になってな、『そういえば先日経嗣と情を交わす仲になったので伝えておく』と言われた。初めは愕いたが左府があまりに嬉しそうに語るもんでつい聞いてしまった」
「ちょっと待ってください…これまで何度くらい話をしたのですか?」
「何度と数えたことはないが…其方の話が出た時は毎回しているぞ」
「…あの男」
経嗣は拳を思いきり握った。脳裏にいやらしく笑う男の顔が浮かんで思わず顔を顰めた。まさか父に言ってしまうとは。確かに父に言うなとは伝えていなかったがまさか肉親に本当に伝えるなど思うはずがないだろう。いくら個人的に親しいとは言え。どこまでも意表を突くようなことをすると憎々しく思う。
「もしや嫌なのか?良いことではないか。左府に気に入られていることは一条、二条にとって利になるだろうしな」
「確かにそうかもしれませんが…」
父の言葉に納得しそうになるものの、『いや、それは違うだろう』と思い直し飽きれたように経嗣は溜め息を吐いた。今度義満に問い質して、父にも釘を指しておかないとな…と考えてほんの少し苦い気持ちになるのだった。