さよならまぼろし

一次創作サイト

2023-04-01から1ヶ月間の記事一覧

足利兄弟のバレンタイン

バレンタインが近づいていることをカレンダーで知ると直義は眉間を押さえた。今年もまた”あのこと”を兄に伝えなくてはならない。「もうすぐバレンタインではありますが貰った物を他人に配ることはしないように」仕事終わりにオフィスから出てきた尊氏を見つ…

かりそめの幕引きを終わらせて

二十日に及ぶ後小松天皇による行幸が終わり、愛息子である鶴若が元服し、義嗣と名を改めてから数日経過したのち、足利義満がにわかに体調を崩した。 山科嗣教の元服の儀を執り行った後に咳が出始め、風気かその時は軽いものであったが夜にかけて次第に重くな…

終身名誉の罪業

兄の悪癖が始まったのはいつだっだろうか。厳密には覚えていない。物心ついたころにはもうすでにそれが普通であった。それを疑うことも拒むこともせず受け入れてきた。悪癖なんて言っても結局のところ今も受け入れているのだから自分も甘いなと思う。人の心…

酔生の夢

辺り一面は銀世界だった。 見渡す限り雪に埋め尽くされ、草の緑も土の茶もすべて喪ったような余白が広がっている。 夜中には雨が降っていたが明け方ごろに雪へと変わったのだろうなと考えながら青年はがたがたと建付けの悪い戸を閉じながらその新雪の上へ足…

歴創版日本史ワンライ 2023/1/28 「鴛鴦」

今日はいつにも増して寒い日だった。庭は一面銀化粧され、なおも粉雪が降り続いていた。辺りは人の声すら聴こえてこないほど静謐でたまに炭櫃の中の炭が火に焼べられてぱちぱちと鳴るくらいだ。こんな静かな空間の中で二人きりだというのに縁に座って外を眺…

日本史ワンライ 「争ふ」

事の発端は、ある一通の書札だった。 足利左馬頭義氏入道正義が結城上野介入道日阿へ書状を送ったところ、宛名と差出名に”結城上野入道殿 足利政所”と書いた。すると日阿はその返状で”足利左馬頭入道殿御返事 結城政所”と記した。この書札礼を見て正義は大い…

兄の遺産

義時たちの木霊のような応酬を茫然と眺めていた。会話を聞き流しているわけではないが、耳に入って頭で内容を理解してもそれに対する応答は口から出ることはない。どの声も実朝に向けているようで向けていない、"形のない言葉"だった。「御所」実朝の意識が…

かしましい手

ぬるりとした湿り気が指に伝わってくるのを感じて経嗣は思わず片目を瞑った。意識しなければまるで蛞蝓が指を這いずり回っているかのようだった。舌が皮膚に触れるたびぞわぞわとした感覚が背中から腰にかけて走るせいでややもすると出そうになる声をなんと…