今日は今年になって初めての出仕の日だった。朝になって室町第へ入ると、斯波義将の顔を見るなり主君である足利義満がとことこと近づいてきた。そして、義将の顔、というより少し上をじっと眺めた後、顔を思いきり歪める。
「つまらん!」
義満はいかにも面白くなさそうな顔をして地団駄を踏んだ。人の顔を見るなり、しかも新年から”つまらん”とは何事かと言われた当の本人である義将はわずかに眉を顰めた。
「ぜんぜんなっとらんではないか!頼之!」
「残念でしたなぁ、御所」
朗らかに笑いながら続いて奥からやってきたのは管領である細川頼之だった。十歳近く歳が離れている義将と義満であったが、頼之と義満はそれ以上に親子ほどにも歳が離れており、義満の我儘に付き合うその姿は本物の親子のようでもあった。なので今回もどうせこの男の余計なことを言ったのだろうと義将は思った。
「まったく富士になっとらんではないか!」
「どういうことですかね?勘解由小路殿の顔が新年とは思えぬほど覇気がないのは別としても、予想が外れるとは…」
頼之からとんでもなく失敬な言葉が聞こえた気がしたが、それよりも義将は先に二人の会話の意図を知るために問いたださなければいけなかったため一先ずは無視をすることにした。
「つまらんだの覇気がないだの人の顔を見て何を言おうが勝手ですが、何の話をしているのかまずは私に説明してください」
「頼之が新年を迎えて一番初めに見る夢は現になると言ったのだ」
「ほう。それで?」
「余は義将の頭が富士になった夢を見た!」
「は?」
眦をきらきらと輝かせて言う義満の後ろで頼之が噴き出したかと思うと腹を抱えて笑い始めた。突拍子のなさすぎる内容に義将は困惑を隠しきれかったがそれ以上に何がそんなに愉快なのかと笑っている男への怒りの方が勝った。
「頼之が言うには一番初めに見た夢が現になればその年一年は健やかに過ごせるらしい。でも現にならなければ不幸になると…」
「…お言葉ですが、そのような話は聞いたことがありませんが」
頭頂部が富士になるだと?どんな夢なのだそれは。前漢の史記ですらそんな話は聞いたことがない。義将は頓痴気な夢を見るこの主君にも呆れるがおかしなことを吹き込む頼之が気に入らなかった。この自由奔放な年下の主君が好き勝手なことを言って振り回してくるのは今に始まったことではないので慣れているが、主君限定で頼之が面白がってやるこのからかいもなかなか質が悪かった。
「御所、もしかしたら烏帽子で隠れているのかもしれませんぞ」
「そうか!義将、見せてくれ!」
「見せるわけないでしょう。そもそも、烏帽子をとろうが私の頭には富士などありませぬ」
頼之の言葉でわずかに希望が見えたが、義将からきっぱりと拒否されたことで徹底的に打ち砕かれたと言わんばかりに義満は顔を歪ませた。
「よりゆき~!!」
義満は背後にいた頼之に向き、その腹に思いきり顔を埋めて啼泣し始めた。素知らぬ顔でまだ幼い主君を慰撫する頼之を義将は忌々しげに見据えた。騒がしい一年の幕開けに頭が痛くなるのを感じながら、いつか絶対こいつの首を切ってやろうと何度目か分からない決意をするのだった。