さよならまぼろし

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馴れ初め

 

  日野業子は元は内裏の女官で典侍だった。

しかし主上の御目にかなうこともなくもう二十四だというのに未だに嫁に行けていない。自分を貰ってくれる男性などいないんじゃなかろうか、いっそ尼にでもなってしまおうかとすっかり自信を無くしていた。そんな時、伯母の仲立ちである男性と見合いをした。
当代の将軍である足利義満と名乗る青年は業子より七つも歳下だった。義満は業子の顔を見つめた。
「お美しい」
曇りのない澄んだ瞳だった。
「こんなに美しい人を放っておくなど世の男達は見る目のない者ばかり。私には、貴方の美しさがわかる」
「まあ…」
突拍子もない義満の言葉に業子は気を打った。初対面の女人に淀みなく世辞めいたことを言うとは邪気のない風体をしながら色秋波に慣れているのか。
「お褒め頂くのは結構ですけど美しい女なんて何処にでもいますのよ。美しければいいのかしら」
言った後で業子は少し後悔した。長い後宮生活で弄れてしまったのかと我ながら辟易する。
「いえ、」
そんな業子に義満は柔く笑いかけた。業子の発言を気にしている様子もなかった。

「見目だけではなく貴方自身の心が美しいと私は感じたのです」
思わぬ返答に業子は面食らった。この青年の笑みには不思議な力がある。出会って間もないのに心が美しいなんてなぜわかるのか。
そんな一瞬浮かんだ疑問も義満の笑みで凪のように消えていく。
「他の女人ではなく貴方がいい。どうか私の傍に来てくれぬか」
気づくと業子は義満に手を引かれていた。冷たい手とは裏腹に業子は自分の顔が熱くなるのを感じた。業子は黙ってしまったが心の内はすでに決まっているような気がした。