さよならまぼろし

一次創作サイト

2022-05-06から1日間の記事一覧

山眠る 3

私は夢を見ていた。なぜ夢を見ているとわかっているのか、わかっていて覚めないのか、いったいどういう状況なのかはわからなかった。しかし過去の夢を見ているということだけがわかった。 これはいつごろの記憶だろうか。卯月に入ったばかりのまだまだ肌寒い…

山眠る 2

しかし、何を考えたところですべては無駄なことである。死はどんな形であれ死である。今となっては骨片となってしまった人間が蘇るなどということはない。没薬はかつては木乃伊を腐らせないよう用いられていたようだが、没薬の香を焚いたところで骨片が骨片…

山眠る 1

人の命とはゆるやかに消えて行くものである。 死期が近づいていると気づいたその玉響にはもうすでに物言わぬ骸と化している。 "彼"もあっという間に死んでしまった。"彼"は労咳だった。発症してからほんの数か月で病という名の魑魅はいともたやすく"彼"を死…

山眠る(ワンライver)

人の命とはゆるやかに消えて行くものである。 死期が近づいていると気づいたその玉響にはもうすでに物言わぬ骸と化している。 "彼"もあっという間に死んでしまった。"彼"は労咳だった。発症してからほんの数か月で病という名の魑魅はいともたやすく"彼"を死…

碧眼の怪物

その碧眼は知っている。わたしが彼を畏れていることを。 その碧眼は知っている。わたしが正直者ではないことを。 その碧眼は知っている。わたしが真人間ではないことを。 その碧眼はわたしに教えている。彼が人ならざる者であるということを。 いつだって彼…

造花の約束

春は妖精の季節だと思う。 フリージア、ネモフィラ、チューリップ、ガーベラ、カーネーション、すべての花に春の妖精が宿っている。 妖精は陽気に誘惑されてやって来て、息吹と恵みを与える。妖精というものは多くの人間が想像する通り愛らしく、善良な存在…

通販サイトで購入した怪しげな香水使ったら職場の年下美形社員からモテモテになった話

その香水を見つけたのはとある通販サイトでのことだった。 いつも利用しているサイトの商品一覧ページを流し見しているとふと目に留まった。聞いたことのないメーカーのラベルも取り留めて特徴のないそれが、なぜか無性に気になった。 好奇心のままにクリッ…

斜日の陽は影を伸ばして

西の空が茜色に染まり始めたころ、ぼくはひたすら下を見つめていた。 下を見ながら歩いていると危ないとかいつも胸を張って前を向きなさいだとかよく母さんに言われるけど今はそれどころじゃない。ぼくは今、遠くの砂利道からずっとここまで一つの石を蹴り続…

彼と私の絵空旅行

「億万長者になったら世界一周旅行がしたい」 彼が突拍子もない思いつきを話すのはいつものことだが、"億万長者になったら"だなんて仮定の話を嫌う彼が珍しい物言いをすると思った。さしずめ、世界一周旅行を話題に出したのはこの前貪るように読んでいたヴェ…

甘えたがりの攻防

「そういえば、そっちの方で少年の面倒を見ていると聞いたが...」 「ああ、ユーリイ。愛称はユーラチカというんだが例の奴隷商から買い取ってな。 我々の任務の補佐として今教育している最中だ」 「それは大変だ。年下の世話はどうだ?やはり聞き分けが悪いか…

悪魔の契約

「君は父親に捨てられたんだ」 平坦とした声が風と共に吹き抜けていく。目の前の男の声色は冷たく感情がこも っていなかった。たった一言なのにその言葉は確かに少年が直面している現実を突きつけるには十分すぎるものだった。 「君の父親は君を生置にして一…

冒瀆的宇宙生物が地球に飛来してきたらしい

さあさあと静謐な音を立てながら立ち上る水柱。 青とても公園の噴水で見られるような光景ではなく、ただその状況に呆然と立ち尽くしていた。 水柱のできた噴水の前に立つのは一人の男。ただ立ち尽くしている少女の前に居るのは、瘦身で背の高い男だった。青…

「彼と私」シリーズ

一 「優しさなど毒にも薬にもならない」などとどこかの誰かが言ったが、そんなのはでたらめだ。現に、彼の優しさは私にとって"薬"になったではないか。 二 いつもあの背中を追い続けている。しかし、ふと目の前にあの背中がないことに気づくのだ。背中ではな…

千日紅が咲く季節には 9

それから翌週、ようやく都内郊外に住んでいるという井出勇子、敏郎の娘さんに会いに行く日になった。 電車をバスを乗り継いで教えてもらったバス停から歩いて地図の通りに閑静な住宅街の中を歩いていく。 示されたところに辿り着くと"井出"と書かれた表札が…

千日紅が咲く季節には 8

祖父のいる和室に向かう。 香織も母も叔母も出払ったし部屋なら他の人間に聞かれたり邪魔される心配もない。今片手には例のアルバムがある。これはこれからする話と、自分が知りたいことの鍵となる証拠だ。一旦深呼吸をして、襖の外から声をかける。 返事が…

千日紅が咲く季節には 7

目を開けると空が見えた。日はすっかり沈んで青い空が向こうから暗くなっていっている。体の節々に若干の痛みを感じながら起き上がる。草むらに寝転がっていたせいで至るところが蚊に刺されていた。上を見上げると落ちてきた丘が見えた。家の影はない。空き…

千日紅が咲く季節には 6

五階の書店に着くと早速目当てのものを探す。 時事や政治、世界情勢に関する本が並べられているコーナーで何かこの時代のことについて詳しく知れるものは無いかと目を凝らす。背に書かれているタイトルから良さそうなものを手に取って内容を確認していく。 …

千日紅が咲く季節には 5

この時代に来てから一週間以上経過した。 元いた時代に戻る方法は依然分からないままだが、怪我は一通り治った。左足も良くなりほとんど元通りだ。怪我が治って一安心、ではあるのだが帰ることもできないのでこれから自分はどうなるのだろうという不安はより…

千日紅が咲く季節には 4

昭和十四年にやってきてから数日が経った。あの日、志木家に来た自分は志木の母の厚意により怪我の手当てをしてもらい、自分が帰る場所が無いことが分かると「しばらくこの家に泊まっていけばいい」と言ってくれたおかげで何とか無事に生きられている状態だ…

千日紅が咲く季節には 3

目が覚めると視界が緑に染まっていた。否、染まっていたのではなくその正体は草だったのだがしばらくそれが何なのか分からないほどにあたりは暗くなっていた。確か、さっき丘の上から赤い花を見つけて足を滑らせて落ちてしまったのだ。下から丘を見上げると…